
PRAGMATA:ヒューとディアナ
生存から責任へと変わっていく関係、そして互いに守り合うという構造
このノートでは、PRAGMATAについて少し書こうと思う。
ゲームプレイやストーリーについてではなく、ネタバレもなし。
今まで公開されている内容から感じた、ヒューとディアナの関係について。
正直、Pragmataがどんなゲームなのか、まだよく分からない。
AIやロボット、月面基地、何か問題が起きている。
そういう要素は確かにある。
でも、強く印象に残っているのはヒューとディアナだ。
最初は、彼らの関係はかなり実用的に見える。
お互いに生き残るために必要な存在。
ヒューは、ディアナが弱くて子どものように見えるから守る。
そして最初は、その関係もそういうものとして受け取りやすい。
大人が子どもを守る。
人間がアンドロイドを守る。
シンプルだ。
でも、見ているうちに、その前提が少しずつ崩れていく。
ディアナは、ただ守られる存在ではない。
ただ後ろをついてくる無力な存在でもない。
関係は徐々に、一方がもう一方を救う形から、
まったく異なる二つの存在が互いに生き延びさせる関係へと変わっていく。
そこが自分にとって一番興味深いところだ。
ヒューは最初、生き延びることが目的だった。
ここから脱出したい。
でも少しずつ、その役割が変わっていく。
ただ逃げるためではなく、
誰かに対して責任を持つ存在になっていく。
一方でディアナは、人間的な意味でまだ“未完成”に見える。
キャラクターとして未熟という意味ではなく、
世界を初めて知っていく存在のように見える。
些細なことが彼女にとって重要になる。
危険の合間にある静かな時間も意味を持ち始める。
そして、その対比がうまく機能している。
ヒューは疲れを感じさせる、肉体的で人間的な存在。
ディアナは新しく、好奇心に満ちていて、まだ世界に染まっていない。
一方は経験を持っている。
もう一方は発見を持っている。
一方は危険を理解しているから守る。
もう一方は「つながり」を学びながら守る。
その間で、二人はただのサバイバルの関係ではなくなっていく。
少しずつ、家族に近い何かになっていく。
強調されるわけでもなく、
押しつけられるわけでもない。
気づいたら、そうなっている。
それが一番引き込まれる理由だと思う。
関係は最初、必要性から始まる。
そして信頼になり、
最後は責任へと変わっていく。
それが、PRAGMATAに興味を持っている理由かもしれない。
まだ世界を理解しているわけでもないし、
どんなゲームなのかもはっきり分からない。
それでも、ヒューとディアナには
とてもシンプルで、強いものがあるように感じる。
二人が一緒に生き延びる中で、
「生き延びる」という行為自体の意味が変わっていく。
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